全日本合唱コンクール 銅賞

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11月23日と24日の2日間、第66回全日本合唱コンクール大学職場一般部門が千葉県文化会館で開催され、浜松合唱団は24日の混声合唱の部に出場しました。

浜松合唱団にとっては5年ぶりの全国大会で、全国大会の雰囲気は忘れかけていたところでしたので、あらためて出場団体のレベルの高さに圧倒されながら、それでも関東大会の時よりも成長した、浜松合唱団らしい演奏ができたと思います。

結果は銅賞でしたが、今後の活動にきっと良い影響をあたえることになるでしょう、刺激的な貴重な体験ができたと思います。

 
 
 
立派な賞状と楯をいただきました
 
 
 

関東合唱コンクール出場

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浜松合唱団は、9月29日に清水文化会館マリナートで行われました、関東合唱コンクールに出場いたしました。
県大会と同じ場所で行うこととなったので、会場の安心感もありましたが、やっぱりどうしても県大会以上に緊張してしまいます。
リハーサル会場があまり響かない場所だったのですが、かえってまわりをよく聴こうとする雰囲気ができてよかったかもしれません。
今回は県大会の時とは違い、課題曲と自由曲の並び方を変えたたため、それぞれ歌いやすくなったのに加えて、課題曲と自由曲の雰囲気が全然違うので、気持ちの切り替えができたと思います。
結果は、混声合唱の部で金賞2位で、全国大会へ5年ぶりに出場することとなりました。
11月24日の全日本合唱コンクール全国大会に向けて、「O magnum mysterium」と「なんにもない」をもう少しの時間練習できることとなりましたので、歌い込んでいきたいと思います。

第68回関東合唱コンクール静岡県大会

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昨日8月25日(日曜日)、第68回関東合唱コンクール静岡県大会が清水文化会館マリナートで開催されました。

浜松合唱団は一般の部の一番最後に出演しました。

当日も午後1時ごろからコンクール会場の近くで練習をして、本番に臨みました。

本番では天井の高い歌いやすい会場で、課題曲は「O magnum mysterium」、自由曲は混声合唱のための「なんにもない」を歌い、それぞれのまったく違う世界を伝えられたように思います。

今年から大学部門・職場部門・一般部門が大学職場一般部門に再編され、大学ユース合唱の部・室内合唱の部・混声合唱の部・同声合唱の部に分かれているうち、静岡県大会では室内合唱の部・混声合唱の部・同声合唱の部で6団体出場しているうちの3団体が県代表となるということで、結果が出るまでどこが県代表になるのか予想がつかない中で結果発表を待ちました。

結果は金賞で県代表、全日本理事長賞までいただくことができました。

関東大会も県大会と同じ会場で歌うことになりますが、さらによい音楽が伝えられるようにしていきたいと思います。

第26回定期演奏会開催御礼

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第26回浜松合唱団定期演奏会は、昨日6月9日に多くの方のご協力を得ながら無事開催することができました。多くの方にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
これからもご支援、ご声援をよろしくお願いします。

浜松合唱団定期演奏会のチケットについて

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第26回浜松合唱団定期演奏会も開催が迫ってまいりました。本番に向けて、いい演奏ができるよう、最後の追い込みをかけているところです。ご期待ください。

定期演奏会のチケットは、
    (株)ヤマハミュージック東海 浜松店
    遠鉄百貨店プレイガイド
    アクトシティ浜松チケットセンター
   で取扱いしていただいております。

是非ご利用ください。

なお、お知り合いの浜松合唱団員にご連絡いただければ、お支払方法は団員とご相談の上、当日会場の当日券販売窓口でチケットをお渡しすることもできますので、チケットがほしいけどまだチケットをお持ちでなくてチケットを受け取っている時間がないという方は、浜松合唱団員にご連絡ください。

Nunc Dimittis

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定期演奏会の第1ステージはポーランドの合唱曲を演奏しますが、1曲目の「Nunc Dimittis」は、「シメオンの讃歌」と呼ばれる聖書のなかの一節で、シメオンという人が宮で幼いイエスさまにあった時の祈りの言葉です。

この話はイエスさまに会うところしかわかっていないため、いろいろなそれまでの人生を創作で加えながら教会学校などでの催しで劇として演じられたりする格好の題材になっていたりします。
この話をもとに作られたのではないかと思われる漫画の中での劇もあったりします。

シメオンさんは救い主に会うまでは死ぬことがない、という神の言葉を受けていました。
ある日宮に入っているとそこに両親がイエスさまを抱いて入ってきました。
その時に抱かれた子が救い主であることを感じて「死ぬときがきた」ことを感じました。
そのときの祈りの言葉です。

   主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに
   この僕を安らかに去らせてくださいます。
   わたしの目が今あなたの救いを見たのですから。
   この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、
   異邦人を照らす啓示の光、
   み民イスラエルの栄光であります。
   (ルカによる福音書第3章29節~32節)

Domine(主よ)と4人のソリストが唱えるあとにこの言葉を合唱で続けます。
シメオンさんの感激と驚きが静かに伝わってきます。

光る砂漠

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昨日のニュースで新潟県三条市の「三条凧合戦」の報道がありました。三条市というと「光る砂漠」の作詞者である矢澤宰が入院していた病院があるところです。
浜松にも浜松祭りでの凧合戦がありますが、そんなところにも少しつながりを感じたりします。

「光る砂漠」は21年の短い生涯で病と闘いながら書きためた詩を、入院先の三条結核病院の主治医を中心に遺稿詩集としてまとめられた詩集です。
その詩集から作曲者の萩原英彦がその中に「言葉の抑揚の清冽さと、そこに響き合い天翔ける魂」を感じて矢澤宰が亡くなってから5年後に作曲されたものです。

校庭で「秋」を見つけた「再開」から、季節を巡ってまた秋に戻るという流れで進んでいきます。
終曲「ふるさと」で「山に水を返したと思った」という印象的な言葉と曲で、いままでに自然のなかでいろいろな思いや感動を与えられていたことが、今度は自らが自然に対して思いを還すことができたと感じた思いが伝わります。

矢澤宰の日記のなかで「美しい行為、潔白な態度、それが私のモットウでなかったか?」と恋に破れた自分の態度を振り返り自問自答しているところがありますが、きっと人生のすべてがこのような考え方だったのだろうと思わせるまっすぐで美しく、潔い姿勢が詩の中に感じられます。

「再開」を歌うと、学生の頃の合唱団の練習場の前に立っていた松の木を思い出します。卒業以来松の木にも、秋になるとその下に立っていた名前も知らない茸にも再開できていませんが。